平成18年5月29日(no.18)]適材適所 その12006年05月29日 08時09分37秒

平成18年5月29日(no.18)]適材適所 その1 5/24・テレビ番組の視聴者からの問い合わせ(自分の大学生の息子宛に申請もしていないのに社会保険庁から保険納付免除通知がきたけれど…)が発端となり、納付率を上げるために、違法性の高い電話確認しないで納付免除の手続きをしたという不祥事が発生した。この不正は拡大の公算が限りなく高まってきました。

・民間中小企業であれば、成長率とキャッシュフローの増収は二点セットで表裏の関係です。それに回収できる相手を免除するという発想そのものが法律的にどうのこうのと言う以前の考えられない官僚的発想です。 5/26・満65歳を迎えました。この歳になりますと「おめでとう」なんてと言われますと逆に恥ずかしい思いがしてしまいます。 運良く三回もの心筋梗塞にみまわれながら、ゴルフができる体調まで回復させてくれた大きな力に唯唯感謝・感謝です。これからは授けられた命を大切にしながら、人に役に立つ生き方を模索しながら生きてゆきたいと思っています。

・これを期に、非常勤勤務となりました。

・年金申請をしていろいろ分かったことがあります。 大きな問題として、払い込んだ保険料に比較して近年特に受給金額が引き 下げられています。それに新しく受給する人たちだけが下げられているのです。変な例ですが10年前から受給している人は変更がないのです。当然のこととして、払い込んだ保険料に対する還付率に公平さがありません。以前国会議員の年金問題の還付率が異常に高いという問題がありましたが、変更になったというニュースは聞いていません。市会議員も含めて同じです。この不公平が問題です。

若い人達が年金に不安を持っているというニュースはありますが、抜本的解決策は未だ明示されていません。年金が赤字だから、一本化するとか、消費税を使うとかいろいろありますが、それは末梢的なことです。 先ずは、今の不公平な還付率をただし、公平な還付率例えば150%であれば、その率を保証して、不足分を税で補填するというような透明で公平な年金制度を望ましいと思うのですが。マスコミは還付率の不平等さを取り上げません。 5/27・雨のなか、チーム対抗ゴルフに参加しました。必勝を期してスタート前は全員ア ルコール類は口にせず出陣です。わがチームのユニホームカラーは黒。相手チー ムは紅白。降ったりやんだりの雨模様の中、激戦(?)の末、相手赤ユニホーム 主将選手に特別愛の手に支えられたのに、我が黒チームは惨敗してしまいました。独断と偏見で振り返れば、天下分け目となったのは、黒組み主将がミドルホール2打目が敵白ユニホーム選手の頭上を飛びえた三連発OBでした。 反省会では、ゴルフの話ではなく、技術とか組織経営の話で盛り上がり楽 しい一日でした。感謝です。今回もスコアカードの提出は見送りでした。残念無念!

◎千代田DNA解説 [会社目標]:適材適所(経営責任者) ●先ずは会社のトップの配置がどうかにより会社の発展に大きく左右されると思います。中小企業は大抵の場合トップ(社長)が全権を握っている場合が多いと思いますが、トップが技術畑か財務畑か営業畑かにより会社全体の社風も影響されるのではないでょうか? そのような意味での三部門の責任者を明確にし、権限委譲も先ずはトップクラスがされるべきものでしょう。 人間の能力は限られたものです。出来るだけ多くの人と係わり合いを持ちながら、お互い信頼しあい助け合いながら企業運営が出来たら、私の望むところです。 一人で全権を握るよりも、前述の技術・財務・営業部門の各責任者を内外に明確にして、合議制で会社運営ができれば安定した会社の成長が望めます。 当社の場合には、社長(次男)が営業、副社長(長男)、会長(親父)と各部を担当しています。これは、しがらみとか、風習とかではなく、本人達の性格・能力等を厳格に斟酌して「適材適所」として私が指名したものです。全体的経営問題は、顧問税理士が加わり四人の合議制、しかも全員賛成で図りながら解決しています。 一般的中小企業は、一番の問題点が後継者問題です。私の周りにも悩ん でいる社長さん達が沢山います。自分以外の人に任せられない人に多い気がします。社長は息子に譲たが自分は会長で営業を続け、会社の口座が息子の社長と別という会社もあります。 経営で一番難しいのは、社長の辞め時だと思います。

私には夢がありました。 一つ目が、絶対潰れない財務体質の強い会社に育てたい。 二つ目が、お客様との矩を超えないで役にたてる会社に育てたい。 三つ目が、社員が幸せになれる会社を作りたい。 約五年前の八月に強い心筋梗塞の発作により救急車で永山の日本医大に入院しました。丁度、ニューヨークの航空機テロが発生したときです。私も発作に苦しんでいました。 当時の医学では手術不可能ということで、労作性狭心症の発作に悩まされながら、社長退任が近いと自分では感じ周りにも相談を始めていました。 限りある命と、普通人より劣ってしまった体力、とのわけお客様訪問にすら不自由になってしまった自分の姿に限界を意識しました。現状維持ではだめなのです。会社公器です。社員とお客様に一層喜んで頂ける会社に成長させる義務があります。そのためには強い情熱が必要です。その強い情熱を維持する体力の衰えを感じた時が、引退を決意した時でした。 その後、医学の驚異的進歩の恩恵を浴し、心臓冠動脈七箇所に及ぶバイパス手術に成功し、今は元気な生活をしております。